覆面読書会2017秋「ムーン・パレス」エントリーNo.3

※感想文によっては一部ネタバレを含みます。

 

題名:オースターと東洋哲学

 

本作は主人公であるマーコ・フォッグとその一家のクロニクルである。

そのあらすじは冒頭2ページに記されている。

コロンビア大学アイビーリーグに属する名門校。100人以上のノーベル賞授賞者を誇る)に在学していた主人公が、養父である叔父の死に伴い、人生に絶望し路頭に迷う。その過程でキティという女性と出会い、路頭に迷い死にかけていたところを助けられ恋に落ちる。車椅子の老人(エフィング)の世話をするという仕事を始め、エフィングの死後、カリフォルニアまでの砂漠を歩く。主人公は子供の頃から私生児だと母親に教えられていたが、エフィングの死後、父親が誰であるのかを偶然にも知ることになる。

つまり、一人の青年が大学を卒業する20代から、自分の出自を含めたアイデンティティを獲得し大人になるまでを描いた青春小説であるとも言える。

 

本作は一人称視点で語られ、主人公がコロンビア大学出身であることや、遺産として膨大な数の本を手に入れることなど、オースター本人のエピソードと重なる部分も多く、海外作品としては珍しい私小説風である(私小説とは日本文学特有のジャンルであると言われている)。

また、話の最初にその概要の独白があり、その後その詳細を語るというスタイルも独特である。一般的には、「興味の持続」という観点からもミステリー的要素はいいタイミングで提示しそうなものだが、本作では最初に物語の概要を述べる。つまり作者にとって、読者に謎とか驚きを与えることが主眼なのではないことを意味している。例えば、主人公の父親が、車椅子の老人(エフィング)の息子であることが分かる(つまり偶然にも、仕事として介護していた車椅子の老人が実は祖父!)というドラマチックなシーンがあるのだが、読者はその事実を早い段階で知らされる。そのため読者はミステリー的観点ではなく、情緒的な視点でその事実を感じ取り、考えることができる。

 

オースターの作品を読むのは初めてだったが、他の翻訳小説と比べて非常に読みやすく、登場人物の考えに共感する部分が多かった。何故なのだろうかと考えていたのだが、もちろん理由の一つとして翻訳者の力も大きいのだが、この作品から、東洋的、仏教的観念を強く感じたことも理由として挙げられる。つまり親和性が高かったのだ。

本感想文を書くにあたってオースターのことを調べたが、彼と仏教や東洋文化との繋がりを見つけることはできなかったので、以下はおそらくは私の妄想である。

どのような点に東洋的要素を感じたのか。

それは、縁起(全ての現象は単なる偶然ではなく、色々な物が絡み合い縁として生じるという考え方)や因果といった東洋・仏教哲学に、影響を受けているかのような事件が多々起こる点である。

例えば、主人公はセントラルパークを彷徨うようになるが、その過程で主人公が考えるそれらはあたかも仏陀が解脱する前のようである。またその放浪期間に主人公は「いいことが起きるのは、いいことが起きるのを願うのをやめた場合に限られる」という非常に東洋的思考にたどり着く。主人公が彷徨っている間に、見知らぬ人から施しを受けることにより何度も危機的な状況から助かったと言う場面があるが、後に主人公とエフィングとが、貧しい人にお金を施すシーンとの因縁を感じ、それらの行動が時空を超えてギリギリの状態の主人公を助けたのではないかと想像してしまう。さらに主人公の祖父であるエフィングが、その昔、砂漠で彷徨い生きるというシーンは主人公がセントラルパークで彷徨った事件とのアナロジーを感じさせ、親族間での因果、因縁を想起させる。一番大きな点としてはやはり、偶然世話をすることになった車椅子の老人が実は祖父であるという、一見すると偶然この上ない事件も、フォーチュンクッキーの「月は未来」という言葉が、エフィングの憧れの人であるテスラの書物からの引用である点など、偶然を必然であるかのように見せる工夫により、縁起、言い換えるなら運命論的であるかのような印象を与える場面であろう。もちろん、登場人物や、時代や街の空気感の丁寧な描写が、この作品を魅力的なものにしているのは間違い無いのだが、オースターの運命論的、縁起的な観点が私にとって親しみやすいものにし、さらにはこの作品を特徴づけているのではないかと思う。

蛇足だが、エフィングは幼い頃に、エジソンニコラ・テスラという実在の人物に遭遇する。エジソンはGE(セネラル・エレクトリック)を設立し、テスラはウエスティングハウスと関係が深く、それら両会社はその後世界を代表する重電メーカーとなる。私の高校時代の親友が東芝に入社し、M&A部門に配属され、その東芝はウエスティングハウスを買収し倒産の危機に瀕することや、私が興味を持ってその動向を追っているイーロンマスクが電気自動車のテスラ・モーターズ社(社名の由来はニコラ・テスラ)を設立することなど、これらは現在の日本や私の実生活とも地続きであり、図らずも繋がり・因縁を感じた。

今後、オースターの他の作品を読み、映画「Smoke」を観て、彼の作家性をもっと深く知りたいと思った。