ドラちゃん

さすがにもうダウンコート着てる人はあまり見かけなくなったのだけど、ついまだ手に取ってしまう。軽いのに暖かいってすごくない?そういや私、人生で羽毛布団で寝た事ないかも。軽いのに暖かいってすごくない?

 

今日は母との電話で少しきつい言い方をしてしまった。明日は電話しない日だから、明後日の夜に話すまで、こういったモヤモヤは続く。微かなものなんだけど。少し前、職場の人にちょっと嫌な言い方しちゃったなぁと思って、家に帰ってからもぼんやり考えたり、寝る前にその時の言葉を思い返したり、向こうは何も気にしていないといいなぁなんて考えていた。その後にその人と仕事のメールをやり取りした時に、そうだ思い切ってあの時嫌な言い方しちゃってすいませんって言ってしまおうと思って、追伸的な感じで打った。返信には、全然気にならなかった、と書いてあった。胸の中のにごりがスッと流れた感じがした。

 

今日は職場の飲み会だった。二次会には行かず、家で京極さんとどら焼きを半分こして食べた。皮のはしっこ同士がぴったりくっついていて、こんもり丸いどら焼きを見て、ドラえもんのどら焼きみたい、と私は言った。ドラえもんがどら焼きを好きって、なんだかすっごく可愛い。ドラちゃんって呼びたい。YUKIちゃんがジュディマリだった頃、Mステでタモさんの事をタモさんって呼んで、それをYUKIちゃんが自分ですごく喜んでいたのを覚えてる。

 

 

雪と毛

近年稀にみる雪の少なさである。

こんなに暖かくなる前、母は業者さんに屋根の雪下ろしをお願いした。毎年恒例の事だった。作業中、近所の人から、「春になれば溶けるのに」、と言われたと母は少し笑いながら話していた。私は、これから沢山降っても心配しないでいられるんだから良かったんでしょ、と言った。それからというもの、気温が上がり続け、雪はほとんど降らず、今日に至っては雨が降る始末。暖かいのは嬉しいのだけど、母が、やっぱり雪下ろしお願いしてよかった、って思えるくらい、また積もって欲しいなって思っている。

 

短大時代だっただろうか。

友達と私とで、ある友達への誕生日プレゼントを買おうという事になった。昔でいうソニプラ、今でいうプラザで物色していたら、背中の毛を処理出来るという文言が書かれた、垢こすりを兼ねた長いタオルが売っていた。うなじのあたりとか背中の毛は自分じゃ処理しにくいから、これいいね!と友達と盛り上がった。そのタオルと、あと他に何かを買ってプレゼントした。受け取った友達がどういうリアクションをしたのか全く覚えていないのだけど、今でも時々ふっと湧き上がってくる思いがある。

その友達は、そのタオルを見て、「私って背中の毛が濃いのかな・・・」って思ってしまったんじゃないだろうか。背中を合わせ鏡で確認したんじゃないだろうか。買った側は、自分が欲しい!と思っただけで、その子の背中や毛の濃さに思いを巡らせることはなかった。「これでその毛を処理しなせぇ」とは1ミリも思っていなかったのだけど、もしかするとそう思わせてしまったのではないか。

 

Vネックを前後ろ逆にしたようなセーター、いわゆるうなじが綺麗に見えるセーターを着ている人を見ると、そんな事を思い出してしまう。

 

髪の毛はぐんぐん伸びるのに、すね毛は一定の長さで成長を止めるのは何故だろう。

現在の話

昨日は「女王陛下のお気に入り」を観て、本屋さんへ寄って帰宅。夜ご飯は京極さんが作ってくれた甘辛の手羽先唐揚げと、市販のおでん。うまうまだった。前トリトン寒ブリがめちゃうまだったんだけど、お店出た時に「美味しかったでござる」と無意識に口走っていて、美味しいものは語尾をおかしくするなと思った。

 


夜ご飯の後に友達にあげる用にシフォンケーキ焼いたけど、思ったように焼き上がらず。最近調子悪い。

 


昨日と今日で中村文則さんの「最後の命」を読了。中村さんの本は他に「何もかも憂鬱な夜に」「銃」「あなたが消えた夜に」を読んだ。賑やかな場所で読んでいても、文字を追うごとに静寂の中に包まれるような感じがする。私の中にある言葉にしにくいモヤモヤに向き合おうとしているような感じがしていて、どの作品も面白く読んでいる。

 


これからシネマフロンティアで「アクアマン」を観て、高校からの友達4人とご飯。映画が16時55分に終わって、1階下のお店で17時からご飯。素晴らしいちょうど良さ。

 


先日、「あなたの人生綴ります」を観た影響で小さめのノートを買って、思った事を書いてる。そこに書くことと、ここに書くことにどんな違いが出てくるのか。頻繁に覗いていたTwitterをログアウトするようにして、ログインする面倒さを持って開く回数を減らすようにした。SNSが自分にはどういう部分がきついのか、やめられない理由、知って欲しい自分、そういう事を色々と試しながら考えようとしてる。

現在の話

現在、13時10分。四文屋でローストビーフ丼を食べ終わった。ローストビーフ、黄身、山わさび、白米の最高マリアージュ。それにお味噌汁と沢庵がついて540円!いいのかな。

横の男性が生ビールと牛カツ定食を頼んだ。

 


先程ディノスシネマズで「ファースト・マン」を鑑賞。月よりも家族と向き合うシーンに緊張した。フィルマークスのあべちゃんの感想を読んで深みが増した。

 


映画館にたくさん人が入って欲しいと思いながらも、空いてたり横に人が来ないとホッとする。オムツをし始めた愛犬とずっと一緒にいたいと思いながらも、映画を観に外出するのは心踊る。母の声を聞いて安心する為に電話しているが、掛けない曜日は気分を左右されない事に安堵している。辛いニュースを見ると重い気持ちになるけど、もっと具体的に知りたいという好奇心も湧いてきて、そんな自分を最近持て余している。

 


母は新井さんのニュースを見る事を避けた。新聞のテレビ欄を読むだけで気分が塞がったようだ。2人で一緒にトークイベントに行ったこともあるくらい好きな俳優。気のいいお兄ちゃんな感じで好感を抱いていた。事件のことを私の口から聞けて良かったと言っていた。少し声が震えていた。私が最も嫌悪している犯罪を好きな俳優が起こした事に、未だ捉えどころのない気持ちを抱いている。

 


横の男性が、牛カツが来たタイミングで空のビールグラスを返し、ハイボールを頼んだ。

これから「女王陛下のお気に入り」を観る。

最近のあれこれ

どうもです。今日は京極さんが出張で不在の為、嬉々としてブログを書き始めた。

こちらは地震がほとんど無くなって安心している。今までは職場にOLっぽい黒い肩掛け鞄で行っていたんだけど、地震以降はどこへ行くにもリュックで行くようになった。無印のリュック、あそこにポケット付けた人、グッジョブきわまりない。家に帰って、テレビを付けて、ご飯を炊いて、お湯を沸かして、洗濯機を回して、って一連の作業をしている時、めちゃくちゃ電気に助けられてるって思うようになった。めっちゃ頼もしいロボットと共存している感じ。

 

前回の更新から今日までの間に覆面読書会もやったよ。作品が決まって、すぐ読んで、いいと思ったとこ線引いて、また読んで、締め切りの数日前にちょうど京極さんが出張に行ったからようやっとパソコンに向かって書き始めた。でも書きたい要素が沢山でまとまりきれなくて、途方に暮れた。Twitterにも書いたけど、まじで部屋でムーンウォークの練習した。ちょっと書いてはお茶淹れて、ちょっと書いてはお菓子食べて、ちょっと書いてはトイレ行って。煮詰まってる時に、ふと、「ねぇ、ちょっと今かっこつけてない?」って自分に問いかけた。かっこつけるのやめて、そこからペースが上がった。自分の書くものは世界で一つだけのものなんだし、正解不正解があるわけじゃない。そうやって自分で自分を励ました。書き終わった時は気持ちがサーーーっとした。みんなの感想も読めて楽しかったな。全当て出来なかった事はいまだに悔しく思ってる。

 

京極さんとの同棲生活は至極順調で、今の日々がずっと続けばいいと思ってる。このおうちにもずっと住んでいたい。京極さんも母も愛犬も友達も、このままだーれも減らなければいいのにな。あ、そうそう、書きたかった事思い出した。

 

明後日、お友達と小学校1年生の娘ちゃんがうちに遊びに来るんだけど、お昼くらいに来るからフレンチトーストでも作っておくかい?って聞いたら、お昼ご飯とお菓子、一緒にスーパーで買おうって言ってくれて、「(娘)も喜ぶわ~。(娘)は鉄火巻きとポテチと炭酸ジュースで決まりだな笑」って返ってきたんだよね。なんかそれ読んでぐっときちゃってね。あの子がスーパーでどれにしよっかなーって選んでる姿を想像したら、可愛くてたまらんなぁと思って。自分、ケーキ屋さんではときめくけど、スーパーではときめいてないもんなぁ。選んで決めるってとても楽しい事なのに、惰性になっちゃってる。昔、自動販売機の前で何買おうか悩んでる人の後姿を見るのが好きだった。この瞬間だけはどれにしようかって事しか考えてないよなって感じがいいんだよね。そういや、よつばとのよつばちゃん、迷ってるおじさんに紅茶花伝のミルクティーすすめてたな。

 

お菓子、アラポテトのじゃがバター味をオススメしたいけど、娘ちゃんの選択を優先しよう。楽しみー。カカオ濃いチョコとか選び出したらどうしよう(別にいいだろ)

その日以降の私

その日以降の生活について書きたい。

 

その日以降、スーパーやコンビニは様変わりした。もう回復はしているが、パン、卵、牛乳、納豆、豆腐など、庶民の味方ともいうべきスタンダードな食材が姿を消した。野菜や缶詰、カップ麺などは売っていたから、食べる事には事欠かない。ただ、いつも当たり前のようにずらっと並んでいたものがそこに無いという状態が精神衛生上良ろしくない。職場からの帰り道にはスーパーやコンビニが何軒もあるので、いつも以上にマメに立ち寄って、「無い」という状況を確認しに行くというのが癖となった。明日にはきっと、週明けにはきっと、そんな気持ちでガラガラな棚を眺めていた。

 

地震があったのが木曜日。家に帰れず職場に泊まった人もいた。金曜は午後からお休みをもらい、職場の近くのスーパーの列に並んで野菜と非常時用にやきそば弁当を買った。家に常備していたごま豆乳鍋の素で野菜を沢山食べてほっとした。野菜ってそこから採れる栄養素と、「野菜を食べたぜ!」っていう気持ちを得られる事が健康に繋がっていく気がする。後は、高野豆腐を煮て、パン代わりにとプレーンのシフォンケーキを焼いた。これも電気が付くから出来る事。

 

非常時ではあったが、荒ぶる人を見なかったのが幸いであった。買占めや食材の奪い合いにまで発展せず、周囲の人たちは落ち着いていた。多く買おうとしている人がいても、買い物にいけない人の分まで買っているのかもしれない、誰かに分けようとしているのかもしれない。そんな風に考えるようになった。

 

Twitterで繋がっている仲間が心配をしてくれていて、とてもありがたかった。道内に住む人達がどう過ごしているのか知れたのも良かった。SNSは貴重な情報ツール。小学校からの友達10人とLINEグループになっているのだが、そこでは「今夜大きい地震来るらしい」というどこから聞きつけたのかわからない情報が行き交っていて、そういうものに振り回されるのは嫌だなと思って話半分に流し読みをした。心配の連絡を度々くれる道外の友達に「落ち着いたらこちらから連絡をするから」と連絡を控えてもらうようお願いをしたのだけど、落ち着いたのに連絡をするのを忘れていてとても悪い事をした。

 

地震後2週間ほど、イヤホンを付けて音楽やラジオを楽しむ事がなんとなく出来なかった。自分の趣味は電気が無いと楽しめないものが多いなんて、地震前は考えもしなかった。今は以前と同じ生活を送っている。スーパーに菓子パンがずらっと並んでいるのを見て、涙目になったりもした。沢山の種類から1本の牛乳を選べる事がとても贅沢に思った。無い時に限ってクリームシチューが食べたくなったりするものなんだ。

 

日々タフになっていく自分。必要以上に慌てなかった母にも頼もしさを感じるし、いつも落ち着いている京極さんと暮らしている事で安心感にも包まれている。いくら「ふっこう割」が出来ても、まだ北海道においでよっていう気持ちは湧き上がらない。何気ない毎日は当たり前のようにあるものに支えられている。壊れて、直して、また壊れて、また直して。また何があってもやり過ごしてみせるけど、とりあえず台風はそれてくれ!!

その時の私 パート2

続き。

 

恐らく200名以上在籍している職場ではあるが、交通機関の麻痺や子供の学校や保育園が休みになった事で、出勤している人は少なかった。もしかしたら今水が出ている所も断水するかもと聞いたので、母に電話をし、今のうちにお風呂に水を貯めておいた方がいいと伝えた。職場では防災用の非常食が配られた。缶のきんぴらごぼうはかなりしょっぱくて、これだと水の消費が増えるぜよ・・・と思いながら食べた。暗い所内。パソコンも使えず、もちろん来客が来るはずもない。さすがに今日はもう帰っていいっすか?!という言葉が喉あたりをウロウロしていたが、帰りたいのはみな同じだよなと思い、堪えた。15時くらいにはありがたい事に帰宅していいと言ってもらい、主食が消えたセイコーマートでお菓子を3個ほど買った。途中で雨が降りだすはエレベーターは動かないはで、濡れ鼠のごとく帰宅した。マンションの入り口には念の為にブレーカーを落とすようにと張り紙がされていた。

 

愛犬のトイレシートを片付けて手を洗おうとしても蛇口からは水が出なくて「あぁそうだった・・・」となる。これは何回も繰り返した。水が出ないことには全然慣れなかった。電池が減るのが怖くてあまりスマホをいじらなかった。部屋がとても静かだった。ビオレのさっぱりシートみたいので身体を拭いた。本を読もうにも落ち着かず頭に入らなかった。コアラのマーチが美味しかった。

 

そういえばパスタは長い時間水に漬けてたら柔らかくなるって何かで読んだ!と思い、夜ご飯用にペンネを炭酸水に漬けた。「うふふ、サバイバル術~!」と得意に思っていたが、この時もガスは普通に使えるって事が頭から抜けていた。どんくさ子である。疲れを感じて布団に横になった時に、どこからか誰かが何かを叫んだ声が聞こえた。もしやと思いブレーカーを上げたら電気が付いた。恐らく誰かが「付いた!!」と叫んだのだろう。この時に浴びたシャワーの気持ち良さは今でもよく覚えている。日の光がまだ残っている時間帯に電気が付いたのは相当早い方で、夜に窓から外を見ると真っ暗な地域と電気が付いている地域が混在していた。

 

京極さんが帰宅し、レトルトのナポリタンをペンネにかけて、美味しい美味しい言いながら二人で食べた。念の為、お風呂に水を貯めた。友達に、もしスマホの電池が不安だったらうちに充電しに来ても大丈夫だからとLINEを送った。母からは21時くらいに電気が付いたと連絡があった。寝るまでの時間を暗い中で過ごした人たちはとても不安だったろうと思う。ただでさえ落ち着かない状態の中で、小さな地震が何度も起こる。あれよりも大きいのはもうこないだろうと薄っすら思いながら、じっと揺れが静まるのを待つ。ニュースで厚真町の様子を知り、こちらとの被害の差に唖然とした。恵まれた立場となった状況に少し居心地の悪さのようなものを感じた。出来る限り、変わらない生活を送ろう。慌てず、少ししたら元に戻るんだから。そんな気持ちでその日が終わった。