充実

10時台に動物病院に到着。ピーク時は4.8kgあった体重は3kgとなった。目はかろうじて見えてるらしい。徘徊が多くなった事を伝えた。これからはそれに夜鳴きが追加されるかもしれないらしい。ちょっと大変だなって思わせてくれるとこまで生きてくれるのがありがたい。今までが良い子すぎたから。ワクチンを打ってもらって、自分ではうまく出来なかった肛門腺絞りをやってもらった。何人にも見られながら肛門を絞られるってお疲れ様だよな。

 

帰りにやっと麻生の「でぶぱん」へ!ロンペさん、遅ればせながら行ってきました。イチゴジャム&マーガリン、唐揚げタルタルを京極さんと半分こづつ。2つで600円台。白くてふんわり柔らかいコッペパン、唐揚げとの相性も抜群。美味でした。

f:id:yumishidesu:20190407005041j:image

f:id:yumishidesu:20190407005025j:image

大通のTSUTAYAで「最も危険な愛し方」「スペースカウボーイ」「殺し屋とセールスマン」をレンタル。あ、返却したのは「マーズアタック」と「26世紀青年」だったんだけど、26世紀青年にアキラがよく画像ツイートしてた長髪の派手な服着た人出てきて「この人ーー!」ってなった。まさか大統領だったとは!

 

結構早めの時間に色々とやりたい事を終えられて充実感たっぷり。そして、きっちり昼寝。4時間くらい寝た。布団で。

 

夜ご飯は家で焼肉。京極さんがアルミのなんやかんやを繋げて長い排気ダクトを作って、それを換気扇に繋いだおかげで部屋が臭くならなかった。DIY精神に尊敬の念を抱く。私は元同僚から「不器用さに安定感がある」という褒め言葉をもらう人間であるから尚更。カルビとラムとハラミ、うまし。噛むごとに脂を飲んだ。

 

録画した「きのう何食べた?」を見た。西島さんと内野さんも好きだし料理描写もいい。「CM抜いたら15分くらいだな、CMいらなーい」とか考えると同時に乱一世の顔が浮かぶ自分はいい加減しつこいと思う。西加奈子さんの「ごはんぐるり」を読み終わってお風呂に浸かる。

 

明日は選挙か。横の部屋から京極さんの笑い声が聞こえてくる。おやすみなさい。

朝の布団の中にて

昨日のお昼休み、食事を終えた上司が「何読んでるの?」と聞いてきた。「◯◯(作家名)ですよー、最近はまってて」と答えると、「◯◯、俺どこがいいのかわかんなかったんだよなー。やっぱり俺、古いんだなー」と言った。上司は部屋を出て、お弁当屋さんの売れ残っていたパンやサラダをいくつも抱えて戻ってきた。夜ご飯や間食の為に、上司は食後によくこうして買っている。実際に欲している気待ちにプラスして、売り切れるのを立って待っている出張お弁当屋さんを思っての事だと勝手に思っている。お弁当屋さんが台車を押して帰っていく音が聞こえた。私はまた本の世界に戻った。

 

今日は愛犬のワクチン日。思い入れのある遠方の動物病院に行きたい私の気持ちを京極さんが汲んでくれて、行けることになった。狂犬病の予防接種は昨年から免除となっている。診療時間を確認する為に動物病院のホームページを見ると、ペットホテルの項目があった。料金一覧をざっと眺めたら、あまりに良心的すぎる価格帯に目頭が熱くなった。とても穏やかで朗らかなご夫婦がやっている動物病院。あと何回行けるかな。

 

そろそろ起きるかー!

静かな夜の戯言

一つ前のブログを何度も読み、時間の移ろいと共に、刻一刻と変わっていく自分を味わっていた。

 

他者との触れ合いは自分に触れるのと同意である。どこをかじっても、自分の味がする。する?

 

母は寝る前にいつも私の愛犬の事を思うらしい。今、布団を通して聞こえる微かな心臓の音は、自分のものなのか、愛犬のものなのか。

 

2日続けて、分厚い黒タイツに穴が開いた。まじかって思った。だってめちゃくちゃ分厚いから。

 

この時間でも全く眠くないのは、4時間くらい昼寝ならぬ夜寝をしたから。中途半端に寝ると覚醒するまでめちゃだるい。覚醒した私は無敵。

 

深めの1段お弁当箱を買ってから、お弁当作りがとても楽になった。ご飯のおかずなんだから、ご飯の上に乗せたって何の支障もないのだ。おかず一品?いやいや、これは丼なのだ。それにミニトマトなんて添えちゃえばほら。

きつかった事

職場の少人数の飲み会で、その場にはいない、私にとても親切に接してくれる人が、他の人には辛辣な態度を取っていると聞いた。辛辣な態度を取られてる人はその場にはいない。

 

知られざる一面を知った事。あなたは盲目的にその人をいい人と思い込んでるけど、そうじゃないんだよ、って教えたくなったその人の気持ちも何となくわかる事。又聞きであり、どこまで鵜呑みにしていいかわからない事。辛い思いをしてる人はその人を信頼したから話しただろうに私にまで伝わった事。辛い思いをしてる人は、相手とうまくやってる私にはきっと打ち明けられなかったであろう事。

 

そんなような思いが頭を駆け巡って、それを聞いた時からあまり表情が動かなくなってしまった。知りたくなかったけど、じゃあ知らずにいるままで良かったのか。誰にだっていい面もあれば悪い面もある。人によって態度を変えるのは誰しもが少なからずある事だと思う。でも、私に見せる顔と、聞いた顔の差がありすぎて、非常に動揺した。

 

家に帰って京極さんに会って、泣いてしまった。椅子に座って号泣してる私の背後に回って、肩をさすってくれた。具体的に名前は出さず、上記に書いたような事を泣きながらポツポツと話した。ただ聞いてくれた。泣き止み、保冷剤で目を冷やした。レモンティーを入れてくれた。

 

内密であるであろう話を私にしてきた事が最もショックだったのかもしれない。その話をしてきた人も私は好きだから、その人に対する信頼が揺らぐのもきついし、でもその人は私だから話したのかもしれないし。あぁ。きついのに、もうちょっと詳しく聞きたいと思ってる自分もいるし。

 

 

 

読書

2度目のスパイダーバースを楽しんで、久しぶりに洋服を買って、カフェで仕事を進めてる京極さんと合流した。

 


そのお店で、3分の1ほど残っていた小説を読み始めて、私は涙と鼻水と格闘することとなった。京極さんからもらった、くちゃくちゃなビニールから半分飛び出してるティッシュを使い果たし、自分のティッシュも使い果たした。泣きながら「ふごっ」って笑ったりもした。途中で水分補給をしていると、京極さんはその本を手に取り、タイトルを確認した。ん?と首を傾げ、ふふ、と笑った。それはそうだろう。そのタイトルからは、誰かをとめどなく泣かせるニュアンスは微塵も感じられない。私はこれを読んでくれたどなたかに、それって泣ける小説なんだ、と思わせてしまうかもしれない可能性に、抵抗を覚える。だから本当はタイトルを言いたくない。言わないでおこうか。何の先入観も無い方が、読書ってきっと楽しい。

 


あとがきも、文庫のあとがきも、解説も、泣きながら読んだ。今、目が重い。疲れた。心底楽しんだ。読んだのは西加奈子さんの小説です。タイトルはやっぱり伏せる。太ってきて、痩せたい痩せたい言いながら食欲が止まらない自分の事を、自分で好きじゃなかったけど、もう少し好きになろうと思った。食べることめっちゃ好きだし。あぁ、ため息が出る。立ち上がりたく無いけど、お腹がぐぅって鳴ったから、動き出そう。

ドラちゃん

さすがにもうダウンコート着てる人はあまり見かけなくなったのだけど、ついまだ手に取ってしまう。軽いのに暖かいってすごくない?そういや私、人生で羽毛布団で寝た事ないかも。軽いのに暖かいってすごくない?

 

今日は母との電話で少しきつい言い方をしてしまった。明日は電話しない日だから、明後日の夜に話すまで、こういったモヤモヤは続く。微かなものなんだけど。少し前、職場の人にちょっと嫌な言い方しちゃったなぁと思って、家に帰ってからもぼんやり考えたり、寝る前にその時の言葉を思い返したり、向こうは何も気にしていないといいなぁなんて考えていた。その後にその人と仕事のメールをやり取りした時に、そうだ思い切ってあの時嫌な言い方しちゃってすいませんって言ってしまおうと思って、追伸的な感じで打った。返信には、全然気にならなかった、と書いてあった。胸の中のにごりがスッと流れた感じがした。

 

今日は職場の飲み会だった。二次会には行かず、家で京極さんとどら焼きを半分こして食べた。皮のはしっこ同士がぴったりくっついていて、こんもり丸いどら焼きを見て、ドラえもんのどら焼きみたい、と私は言った。ドラえもんがどら焼きを好きって、なんだかすっごく可愛い。ドラちゃんって呼びたい。YUKIちゃんがジュディマリだった頃、Mステでタモさんの事をタモさんって呼んで、それをYUKIちゃんが自分ですごく喜んでいたのを覚えてる。

 

 

雪と毛

近年稀にみる雪の少なさである。

こんなに暖かくなる前、母は業者さんに屋根の雪下ろしをお願いした。毎年恒例の事だった。作業中、近所の人から、「春になれば溶けるのに」、と言われたと母は少し笑いながら話していた。私は、これから沢山降っても心配しないでいられるんだから良かったんでしょ、と言った。それからというもの、気温が上がり続け、雪はほとんど降らず、今日に至っては雨が降る始末。暖かいのは嬉しいのだけど、母が、やっぱり雪下ろしお願いしてよかった、って思えるくらい、また積もって欲しいなって思っている。

 

短大時代だっただろうか。

友達と私とで、ある友達への誕生日プレゼントを買おうという事になった。昔でいうソニプラ、今でいうプラザで物色していたら、背中の毛を処理出来るという文言が書かれた、垢こすりを兼ねた長いタオルが売っていた。うなじのあたりとか背中の毛は自分じゃ処理しにくいから、これいいね!と友達と盛り上がった。そのタオルと、あと他に何かを買ってプレゼントした。受け取った友達がどういうリアクションをしたのか全く覚えていないのだけど、今でも時々ふっと湧き上がってくる思いがある。

その友達は、そのタオルを見て、「私って背中の毛が濃いのかな・・・」って思ってしまったんじゃないだろうか。背中を合わせ鏡で確認したんじゃないだろうか。買った側は、自分が欲しい!と思っただけで、その子の背中や毛の濃さに思いを巡らせることはなかった。「これでその毛を処理しなせぇ」とは1ミリも思っていなかったのだけど、もしかするとそう思わせてしまったのではないか。

 

Vネックを前後ろ逆にしたようなセーター、いわゆるうなじが綺麗に見えるセーターを着ている人を見ると、そんな事を思い出してしまう。

 

髪の毛はぐんぐん伸びるのに、すね毛は一定の長さで成長を止めるのは何故だろう。