友達との3時間

昨日のお昼、中学からの友達とご飯を食べた。会うのは2年ぶりくらいかな。今は3人の子供のお母さん。待ち合わせ場所には、旦那さんと末っ子ちゃんもいて、私を見るなり、旦那さんは「当たった」と嬉しそうだった。私の髪が長いか短いかを賭けていたらしい。旦那さんは末っ子ちゃんとどこかで時間を潰してくれるということで、3時間、友達と楽しい時間を過ごした。

 

同じクラスになったのは中学1年生のたった1年だけだったけど、とにかく気が合った私たちは、ずっと交流を続けていた。同じ高校に行こう、という友達の誘いを、頭が足りない、と理由で断らざるを得なかった。友達の高校は校則が厳しく、スカートもひざ丈、ルーズソックスも禁止されていた。私の高校はというと、服装点検のその瞬間だけ既定の寸法でさえいれば、それ以外の時間は何でもありだった。点検が終わった瞬間にぐるぐるとスカートのウエスト部分を巻いて、お気に入りの長さに合わせた。洗って干しているとゲゲゲの鬼太郎の一反木綿かと思うくらい、無駄に長いルーズソックス。それをいかに格好良く履くか。そんな事があの頃には大切なことだった。

 

札幌ではない場所で子育てをしている友達とは、そんなにマメには会えないし、いざ会おうという時くらいしか連絡も取らない。ただ、言葉にはしないけど、会えない時もお互いの身を案じている。それはきっと自惚れではないと思う。いざ会ってしまえば、すぐにいつもの調子で笑い合え、中学の、きっともう会うことのないであろう男子のネタで爆笑したりする。中学1年の頃に流行っていた「夏の日の1993」を懐メロ特集かなにかで耳にすると、きまってその友達とお調子者の男子を思い出す。

 

大通駅のオーロラタウンスープカレーを食べ、職場の人にもらったタダ券で岩合光昭さんの猫の写真展を楽しみ、アフタヌーンティーで友達はショートケーキとホットティー、私はイチゴパフェとアイスティーを堪能した。友達は昔から、仕事帰りに寄り道をして街をウロウロしたり、本屋さんに寄ったりする私をとても羨ましがった。私も結婚をしていた時は、夜ご飯を作ることを使命感のように思っていたから、確かにそんな簡単な事が中々出来なかった。特に友達は最初から専業主婦だったゆえ、そういった何でもない道草が、自分には失われた時間のように思われたのだろう。

 

3人の子育てに追われている友達夫婦は、早く歳をとって、2人でのんびり過ごす日が訪れるのを楽しみにしているらしい。何度となく夫婦一緒の場所に同席させてもらって一緒に遊んでいた身としては、きっと50代や60代になっても、なんやかんや言い合いをしながらでも、2人で美味しいものを食べに行ったり、温泉に行ったり、きっと楽しい時間を過ごせるだろうと感じている。